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【冒頭抜粋】
真夏日。
真夏日ってのは、その言葉だけで全身の穴という穴から汗を噴き出させる『力』を持って
いるに違いない。
「あ、暑い……」
口にすればするほど暑くなるのは、一体なんの呪いだ?
昼が近いせいか建物の影が小さく、避けようにも避けられない直射日光。
じりじりと肌を焦がす、アスファルトからの輻射熱。
オレはそんな殺人的な灼熱地獄の真っ只中を、片耳に装着したタッチパネル式の携帯電話のイヤホンから聞こえてくる「そこを右です!」だの「ああ、違います! バカなんですか? その通りをまっすぐです!」だのという、やかましいナビゲーションに従ってよたよたと歩いていた。炎天下の中、汗だくになりつつ、体力を消耗させつつ、怒りを鎮めつつ、ただひたすら目的地に向かって。
今すぐにでも熱中症になるか発狂でもしそうだった。
それもこれも、携帯電話からガンガン指示を出しまくる(たまに余計な一言が混ざる)コイツのせいだ。
ある日突然オレのPCに居着いたコイツは、初めのうちこそ大人しくしていたが、それも本当に初めのうちだ。一週間も経たないうちにオレへの嫌がらせを始めた。
【冒頭抜粋】
プリンが食べたいと我らが団長が呟いた。
カノがプリンの入った袋をぶら下げてコンビニから出てくるに至った経緯はただそれだけである。
かんかんと照りつける太陽の下、うだるような暑さのせいか通り慣れた道にはまばらな人影しか見受けられない。
あついねー、誰にともなく呟いてカノはぱたぱたと手団扇を扇ぎながらキドが待つアジトへと歩を進めていた。
耳をつんざく泣き声が聞こえてきたのはまさにその時である。
子供特有のきんきんと響く喚声にカノは思わず袋を持っていない方の手で耳を塞ぐ。僅かにしかいない通行人も皆同じような心持だったらしく、誰もその泣き声の主には触れようとしなかった。
(……仕方ないなぁ)
面倒くさいと思わないでもなかった。しかしこのまま通り過ぎることができるほどカノは非情ではなかった。
「どうしたの?」
道の隅っこで泣きじゃくる少女と目線を合わせるように屈みこむ。小学校の低学年くらいの子供だ。彼女の足元には無惨に潰れたアイスクリームが落ちている。
大方、歩きながらアイスを食べていて落としてしまったのだろう。カノはしばらくアイスの残骸と自分が手に持っているプリンを見比べた後、かりかりと頬をかいて再び少女に声をかけた。
【冒頭抜粋】
「任務だ。お前ら、海に行くぞ」
八月の終わり、突然そんなことを言い出した団長の言葉にアジトでは若者達の歓喜の声が上がった。
カゲロウデイズ終結後、任務と言って集められたメカクシ団メンバーと一人の女の子はかくして海に行くことになったのである。初代団長を加えた十一人の子供達は意気揚々と仕度を整え、海宣言の三日後には電車に乗り込んでいた。
うっかり忘れかけていたがメカクシ団は秘密組織なるものであり、今までも多数の依頼をこなしてきているらしい。今回はキドが贔屓にしている八百屋のおばさんから依頼を受けたそうだ。
なんでも彼女の親戚が海の家を経営しているらしいのだが、従業員が数人夏風邪でばててしまって人手が足りないらしい。そこでヘルプとして白羽の矢が立ったのが我らメカクシ団だったという訳だ。いつもお世話になっているおばさんの頼みを無碍に断る訳にもいかず、キドは二つ返事でオーケーを出してしまったらしい。この時点でオレ達に拒否権はなかった訳だがこの際それは置いておく。
はしゃぎ盛りな子供達が海なんていう一大イベントに喜ばない訳が無い、海の家の手伝いという仕事は建前で、本当のところは任務にかこつけて遊ぶ気満々であった。それならそれでいいのだが依頼はちゃんとこなさないと今後の信頼に関わるだろう。その辺はきっと依頼を受けてきた張本人であるキドがなんとかしてくれるだろうが、オレとしては不安しかない。
楽しそうに話す団員達を横目に、オレはあまり騒がないようにと友人達に注意を飛ばしながら窓の外を見やる。トンネルを抜け、見えてきた青い光に自然と目を細める。わっと歓声が上がるのを他人事のように聞いていた。
海だ。数年ぶりに見る大きな水溜まりにオレはそっと息を吐き出した。
【冒頭抜粋】
高校生になって数週間しかたっていない、まだ春の匂いが残る季節にその事件はおこった。
どうしてこうなったと聞かれれば、そんなの答えられないぐらいオレは動揺していた。窓から見える景色は薄暗くなっておりもう少ししたら真っ暗になってしまうだろう。
ちなみに言うと、電気が壊れているらしくスイッチをさっきから何度も押しているが一向につく気配がない。
……なんで、こうなった。
オレは頭を抱える。なんというか、物事の答えをすぐに導き出せるオレにとって頭を抱えるなんて久々かもしれない。それぐらい"今の状況"は異質なのだ。
だが大丈夫だ解決策はある。そう心の中で思いながら携帯を扱っている赤いマフラーの彼女をチラリと見た。
「あの、シンタロー……」
「おう、連絡つきそうか?」
「えーとね……その」
何故、彼女は目を逸らしているのか。嫌な予感がしてジトーっとした目で彼女のコトを見つめた。
そして一言、彼女は言ったんだ。
「携帯、充電し忘れちゃってて……電池切れっちゃった」
真っ暗な画面の携帯をこちらに向けながら、アヤノはぎこちない笑顔を見せる。そしてここで唯一残されていた希望が音を立てて砕け散ったのだった。
【冒頭抜粋】
昨日も今日も、何か特別なことが起こることはなかった。絵の具でべっとりと塗り固められた青の中を、どっしりと構えた白が流れていく。そんな風景を、遥は何をするわけでもなく、ぼんやりと眺めていた。きっと外は暑いのだろう。そんな外の世界なんて関係ないよとでも言うように、白で囲まれた病室は、人工的に作られた快適な空間を提供し続けていた。
それでも今は、夏だった。蝉の音が、負けるものかと冷房の音をかき消した。遥は、そんな蝉の音が嫌いだった。どれだけ耳を塞いでも夏を主張してくるその傲慢さが嫌いだった。遥は夏が、嫌いだった。
遠くから、様々な種類の足音が聞こえてきた。遥は青空から目を背け、ドアに目を向けた。聞こえてくる話し声は、うるさい蝉の音さえ聞こえないように、耳を塞いでくれた。ドアが開けば、白い世界は一瞬にして色とりどりに姿を変えた。
「こんにっちはー! 遊びに来ちゃいましたー!」
そう言って元気に飛び込んできた少女が、友人であり後輩でもあるシンタローの妹であり、しかも彼女が今をトキメク人気アイドルであることも、そもそもシンタローに妹がいたということも、遥が知ったのは最近のことだった。その後に入ってきたボーイッシュな服をした少女や、男らしい筋肉がついた爽やかな少年、吊り目の常に笑顔な少年が、アヤノの妹弟であることも、さらにはわけがあって引き取った義理の兄弟であることも、最近になって知った話だ。
それでも、その存在が当たり前であるかのように、シンタローも、アヤノも、そして以前より少しクマが薄くなった気がする高校生活を全て一緒に過ごした少女でさえも、それになじんでいた。
【冒頭抜粋】
――――夕暮れの教室に忘れ物を思い出したのが運のつき、と言うべきだろうか。私――榎本貴音が、一人今まで来た道を引き返すなんていう、物寂しく無駄な愚行を現在進行形で犯しているのは、つまるところそういうわけだ。自分でもほとほと呆れてしまう。あと少しで、あと少しで家に辿り着けたのにも関わらず、そのタイミングで思い出してしまったのだから。もっと早く思い出すか、いっそのこと思い出さなければ良かったのに…なんて言ったって仕方がない。
ヘッドフォンから流れる曲は、入れたばかりのアルバムの筈がいつの間にか擦りきれる程聞いて聞きあきたナンバーに変わってしまっていた。耳を傾け、リズムに合わせて足を動かす。生温く湿った夏の空気を掻き分けながら、鼻の頭にうっすら浮かんだ汗をシャツのすそで雑に拭えばふと吹く風がひんやりとそこを撫でてじんわりと涼しくなる。いつの間にか橙色の空は薄紫にその色を移り変えていて、延びきった影は、その姿を電灯の下以外ではっきりと表すことは無くなっていた。夜も目前、夏とはいえもう時刻は七時に近い。とっとと回収して帰らなくては、お婆ちゃんにまた怒られてしまう。昨日ゲームに熱中しすぎて怒られたばかりなのに、また今日も叱られるなんてゴメンだ――なんてつらつら考えていれば、気が付けば校門が目の前に。つい足が止まってしまう。徒歩とはいえ先程よりも早めに歩いたのが功をそうしたのか、何時もより早く着けた気がする。ヘッドフォンを外せば、まだ部活の生徒は残っているようだ、グラウンドからは帰り際と変わらない威勢のいい掛け声が聞こえる。実に青春という感じだ。熱い……本当に、暑い。こちらまで感化されて暑くなりそうだ。つい眉間にシワが寄る。心なし怠さが増した気がした。
【冒頭抜粋】
心地よい風が頬を掠め、少年は目を覚ます。ぼうっと見上げた柔らかい水色の空に、綿菓子の雲が泳ぐ。土を覆うように生える秋桜が、頬をくすぐる。背中を預けている木製の何かは、少し変な感覚だったがあまり気にならなかった。
それらに包み込まれて、もう一度瞼を閉じようとした時、ふと違和感に気づく。
何時もより、綿菓子の雲が遠い。それだけじゃない、自分を包み込む秋桜は、背丈が高い気がした。
違和感が、花びらを広げようとする秋桜のように膨らむ。少年は立ち上がろうとして、自分の足が、何時もより小さいことに気が付いた。偶然目についた服は、昔着ていた、藤色のポロシャツだった。まさかと思い、自分の手を伸ばす。思った通り、その手は本来の少年より、ずっと小さい。
自分が幼い頃に戻っている。ちょうど、あの子に会った頃に。
少年は、慌てることのない、落ち着いた自分に、少し驚いていた。手を伸ばし、雲を掴むように上げる。ぼんやりと見上げた空に気を取られて、後ろに倒れそうになる自分に気づかなかった。
ゴツリ、鈍い音を立てて、後頭部が後ろの何かにぶつかる。突然の痛みに、少年は頭を押さえ、ちらりと後ろを振り向き、そして目を見開いた。
十字架だった。夜色に染められたそれは、秋桜の冠を被せられ、ずらりと等間隔に並べられている。少年は十字架に向き直り、じっとそれを見つめた。赤、白、ピンクの秋桜に囲まれたこの場所に、それは不似合で。だけど、この秋桜達が、十字架のために咲いているとしか、少年は思えなかった。
ふと、十字架の中心に、何かが刻まれていることに気づき、少年は目を凝らす。細く、浅く掘られたそれを、少年はじっと見つめ、辛うじて読み取ることのできたその名前に、目を疑った。
【冒頭抜粋】
今、ここに――――男たちの仁義無き戦いが始まろうとしていた。
「みんな、準備はいい?」
カノの言葉に、メカクシ団の男たち、俺……シンタローとセト、ヒビヤ、コノハは、こくりと深刻な顔で頷く。
特に俺なんかは、まるでこの世の終わりを目前に待ち構えているように真っ青な顔を晒しているのだろう。
カノの表情にも、いつもの余裕はないように見える。カノはぐるりと周りに視線を巡らすと、声を潜めて言った。
「じゃあ、作戦を整理しておこう。いい?ここはもうすぐ戦場と化す」
コノハ以外の全員が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「失敗は、許されない」
「分かってるっす……」
「お、俺なんかが役に立つのかよ……」
俺が弱気な発言をすると、セトが「シンタローさんにしか、出来ないこともあるっすよ!」と言って元気づけるようにバシバシと背中を叩いた。
痛ぇよ。
しかし、俺じゃなくても、普通の一般男子なら、この状況に絶望しか見いだせないのではないだろうか。
「人数は多い方がいいってことでしょ」
「僕、がんばるよ……」
シンタローの心情とは裏腹に、ヒビヤとコノハは一応やる気みたいだ。
まあコノハはよく分かっていない可能性もあるが。
【冒頭抜粋】
どこまでも白い部屋だった。
果てはなく、影もなく、空も地も上下左右もわからぬような真白き部屋だった。
部屋というより空間とでも言うべきかもしれない。それほどそこは異様な場所だった。
無にも近しい白色が敷き詰められた空間の中に、たったひとつだけ置かれているのが大きなベッドである。決して華美な物ではなく、病室に置いてあるような実用性を突き詰めただけの患者用ベッドだ。
静寂に満ちた空間には生体情報モニタの電子音だけが規則的に鳴っている。モニタの波形は一定のリズムを刻んで波打っていた。こんなものが生の証明になるのだから、人間の生死もデジタル化されたものだと皮肉げに思った。
「やあ、久しぶりだね」
無機質な空間に柔らかな声がひとつ響いた。冷たく異質な空間には不釣り合いなほど、穏やかで優しい声だった。ベッドの上で横になっている少年の口許はゆるりと弧を描く。
彼はいつだって笑っていた。楽しいときも困ったときも嬉しいときも悲しいときも、顔には笑みを絶やさなかった。薄気味悪いほどに笑う彼を昔は少し恐ろしく思っていた。
病人らしい青白い肌には、点滴の針が生々しく突き刺さっている。薄く盛り上がった皮膚がやけに痛々しく見えた。音もなく落ちる薬液が彼の身体を支えているようだった。
「ああ、久しぶりだな」
やっと捻り出された言葉は彼の言葉を鸚鵡返ししただけになった。話したいことはたくさんあるのに、口下手な自分には上手く言葉にできない。
それでも、彼は返事があったことに心底嬉しそうに笑った。男性への例えにはおかしいが、花が綻ぶとはこういうことを言うのだろう。
ゆっくりと話している時間はない。本当に言いたい言葉だけを脳内で吟味する。
「なあ、あんたに言いたいことがあるんだ」
だからこそ、たったひとつに言いたいことを絞った。謝罪や感謝や別離の言葉よりもまず言わないといけないことがある。あのときからずっと言えないままになっていた。赤い目を見開いて、彼を見据える。穏やかに笑んだ顔は何も変わらない。
彼だけがあの頃のまま、時が止まっているかのようだった。
【冒頭抜粋】
―【悲報】
―あたりめ、終了しました。―
くしゃりと空の袋を握り潰して、ため息と一緒にゴミ箱に投げ込む。
久しぶりに撮影が早めに終わり、明日はオフ。珍しく学校に提出しなければならない急ぎの課題やノート提出もない。こんな突発的なチャンスを存分に生かして、あたりめを噛みしめながら撮りためたアニメをじっくり集中して観ようと思っていたところなのに、何というタイミングの悪さ。これではせっかくの楽しい時間が台無し、だ。
時計を見ると、そんなに遅い時間ではない。近くのコンビニまでひとっ走り行ってこようか。これくらいの時間なら人も多すぎず少なすぎず。誰かに見つかって“もしかして如月モモちゃんですか?”などと呼び止められることもなさそうだ。
「お兄ちゃん、ちょっとコンビニ行ってくるね。」
シャワーの音がかすかに聞こえる浴室に向けて声をかける。聞こえていないだろうけど、後から黙って何処に出かけていたんだと文句を言われないように、とりあえず念のため。
フード付きのパーカーを羽織って外に出る。街灯の向こうにぼんやりと綺麗な月が浮かんでいて、ひんやりとまではいかないけれど昼間の熱気がひと段落した、そんな心地良い空気が漂っている。
暗い道の街灯の向こうにぽつりぽつりと人影。家路につく人々はどこか肩の力が抜けていて、それぞれの物思いに包まれているようにゆったりと歩いている。
今夜はフードなんか必要ないのかもしれない。思わず両手を伸ばして深呼吸をしてしまう。きっと今は誰も見ていない。不思議に伸びやかな、自由な空気を感じる。