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 男はオフィスの前の自販機を睨みつけていた。寒空の下、両手にはめたフリース手袋が包み込むペットボトルには、温かなミルクティーが入っている。
 珍しく早めに退勤したものの、どうにもしがたい眠気を感じた土曜の夕暮れ、一五〇円を投入し一三〇円の栄養ドリンクのスイッチを押し込んだはずが、まろび出てきたのは一四〇円の紅茶と釣銭が一〇円。男は紅茶をそれほど好んではいなかったし、意図しない一〇円の出費を余儀なくされたことに憤りを覚えた。自動販売機には故障時の連絡先が載っているため、文句を言ってやるつもりで電話をかけてやった。併記されている個体番号を伝えたら、すぐに向かうから待っていろと言われたので、そこで待っていたのだ。
 男は働きに出て四年、オフィス前を千度は行き来していた中で、ストレスからその自販機を蹴飛ばしたことがある。残業が終わり一人で夜遅く退勤した際はやけくそになって一晩中羽虫たちがドリンクのサンプルを照らす明かりに群がるのを指で潰してみたりしたこともあった。ここでうろうろしながら携帯電話に下書きをした恋文も、相手から返事が来ないまま一年近く経つ。なにかと苦い思い出の多い場所だ。
 天気予報では、気温は氷点を行ったり来たりな季節だ。手の内の紅茶もだんだんと冷めてゆく。この間違えられた紅茶はどうなるのだろう。彼はそれが気がかりだった。封は開けていないし、自販機の中に戻されるのだろうか、故障の情報提供料として貰ってしまっても良かろうか。煩悶するうちに、もしや自分が押すボタンを間違えただけなのではないか、と不安にもなった。
 そうしてバスを一本見送った頃、サイドパネルに飲料メーカーのロゴが入ったトラックがのそのそと目の前に止まった。
 「わざわざお運び下さり誠に有り難うございます。」
 男は、嫌味なほど丁寧な口調でトラックから出てくる痩せた男を迎えた。
 「ああ、どもども。遅くなりまして申し訳ない。」
 係員は愛想の良い方ではなかったが、そう不愉快に感じさせるような身なりでもなかった。時間も経っていたし、もしかしたら自分の押し間違いかもしれないという考えも浮かんだ今では、文句を言ってやろうという気は起らなかった。おもむろに自販機の全面扉を開き中身を改めた係員は、内部設定のミスだと短く説明した。ともかく自分の間違いではなかったことが分かり、男は安堵した。
 「ここの栄養ドリンク、昨日から別の商品に入れ替わるはずだったんですが表示を入れ替えるのを忘れてたみたいです。」
 男が詳細な説明を求めるより前に、係員はそう告げた。それでは本懐である栄養ドリンクは買えないということになる。
 「なんだって。」
 「返金は致します。他所でお求め頂くしか無いですね。」
 憤りが再燃しかけるも、怒る元気が無かった。男が溜息を吐くと、係員も同時に溜息を吐いた。それが可笑しくて、少し笑った。俯くと、手に持っていた紅茶が見えた。
 「この紅茶はどうする? 冷めてしまったようだが。」
 「貰ってしまって下さい。」
 「紅茶は苦手なんだ。」
 「ではこちらで廃棄しておきましょう。冷めると風味が落ちますし、自販機に戻すわけにもいきませんから。」
 男は廃棄と言われて少し寂しい思いがした。手の中で冷めていくそれを、自分は飲みもせずただ見ているばかりだった。子洒落たパッケージも、それがまだ暖かかったという自分の記憶も、なんだか可哀想に思えてならなくなった。
 「ふざけるな、あんたが飲め。そもそもこいつは、あんたらのミスで間違って出てきてしまったんだろうが。」
 「すみません。」
 「返金は要らん。おれが買って、あんたに渡した。それで問題ないだろう。帰った後は好きにすればいい。」
そう言うと、係員の申し訳なさそうな表情は少し柔らかくなり、すいません、ともう一度謝った後、冷めた紅茶を両手に持ってトラックへ戻っていった。
 男は満足していた。間違って買ってしまった紅茶はちゃんと買われた事になったし、自販機の設定ミスも直ったし、わざわざ呼び出してしまった係員も労ってやれた。小さなことだが、目に見えて何かに施しができた自分を褒めてやりたい気がしていた。
 もう一度自販機に目をやると、栄養ドリンクのサンプルは抜き取られており、ボタンには売り切れの表示がされていた。寒い中で待っていて眠気も冷めた今、暖まりたい気持ちの方が勝ったので、男は正しいボタンを押して、暖かい紅茶を買って、ゆっくりと飲み干した。
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