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この作品 「南洋海運 日蘭丸型 日昌丸」 は 「貨客船」「幸運船」 等のタグがつけられた作品です。

「日蘭丸型の2番船、日昌丸です。戦時中は陸軍の徴用船として、戦没の危機に陥ること...

パンターF

南洋海運 日蘭丸型 日昌丸

パンターF

2014年6月9日 00:24
「日蘭丸型の2番船、日昌丸です。戦時中は陸軍の徴用船として、戦没の危機に陥ることもありましたが、おかげ様で太平洋戦争を乗り切ることが出来ました。かつての戦争は色々と言われていますが、最後にもらった武功旗は思い出の品です。」生き残った外洋航路就航船日昌丸は日蘭丸の姉妹船として、1939年に三菱重工...続きを見る
「日蘭丸型の2番船、日昌丸です。戦時中は陸軍の徴用船として、戦没の危機に陥ることもありましたが、おかげ様で太平洋戦争を乗り切ることが出来ました。かつての戦争は色々と言われていますが、最後にもらった武功旗は思い出の品です。」

生き残った外洋航路就航船

日昌丸は日蘭丸の姉妹船として、1939年に三菱重工神戸造船所で建造されました。日蘭丸と同じくジャワ航路の花形でしたが、開戦時に日本陸軍に徴用されます。
1942/03/27に雷撃を受けて3番船倉が吹き飛び、船体も左舷から右舷にまで亀裂が走る大損害を受けます。船は左に23度傾き、船首が大きく沈み込みスクリューが水面に顔をだして「もう沈没か?!」と17名の船員が脱出する有様でしたが、後部の5番・6番船倉に注水すると何とか復旧して自力で座礁して事なきを得ます。その後は日本サルベージが応急修理をして離礁、釜山で船体を切断して接合し直す大修理をします。
復帰した後は何事もなく輸送任務に就いていましたが、残った優秀船舶をつぎ込んだ多号輸送作戦にも参加となります。ここで第10次輸送作戦として出港直前に敵のミンドロ島上陸が分かり「もうオルモック湾へ輸送してる場合じゃないな」と中止され生き残ります。
その後もチマチマ輸送作戦をしていましたが、無事に終戦を迎えました。病院船ではない外航貨客船としては唯一でした。
戦後も日本が立て治る中ジャワ航路を行き、1965年に解体されました。

さて、そんな日昌丸ですが終戦前に日本陸軍から武勇を称えられて武功旗をもらっています。”水色の地に金鵄勲章の形を染め抜いた”旗ですが、詳細は不明です。東条の人にも確認してみましたが、駄目でした。と言う訳でどんな金鵄勲章の形に染め抜かれていたのかはわかりません。完全に想像です。左腕に付けてます。閉じる