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"国鉄電車つめあわせ(山陽地方電化路線・1954)", is tagged with 「電車」「使ってもいいのよ」 and others.

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のがわ

国鉄電車つめあわせ(山陽地方電化路線・1954)

のがわ

1/29/2017 23:39
※キャプションに不備があったため訂正・再投稿いたします。申し訳ございません。<電車について>▼鶴見臨港鉄道:現在のJR鶴見線。1943年7月1日に国有化される。1948年の架線電圧昇圧(600V→1500V)に伴い、買収車の多くは地方の600V買収線区へと転出した。・モハ1501:1930年、新...Keep reading
※キャプションに不備があったため訂正・再投稿いたします。申し訳ございません。

<電車について>
▼鶴見臨港鉄道:現在のJR鶴見線。1943年7月1日に国有化される。1948年の架線電圧昇圧(600V→1500V)に伴い、買収車の多くは地方の600V買収線区へと転出した。
・モハ1501:1930年、新潟鉄工所でモハ100形104号として製造。1940年4月にモハ114に改番された。買収後は1948年までに福塩線へ、1949年11月に可部線へと転属し、1955年に除籍。上田丸子電鉄に譲渡され、モハ4255号として1958年に入線。1972年に廃車、解体された。
・クハ5530:1938年、川崎車両でクハ600形602号として製造。1940年4月にクハ352に改番された。買収後は1945年12月に可部線へ、1952年10月に宇部・小野田線へと転属し、1956年3月に廃車、解体された。
・モハ1510:1940年、川崎車両でモハ131形131号として製造。買収後は1948年までに福塩線へ、1950年3月から可部線へ、1951年4月から福塩線へと転属を繰り返し、1960年に救援車クエ9420形9423号に改造された。当初は宇都宮、その後は鳳に転属し、1982年に廃車、解体された。

▼南武鉄道:現在のJR南武線・五日市線。1944年4月1日に国有化される。線路改良により1947年10月に省型の電車が入線できるようになり、買収車は地方の電化区間へと転出した。
・クハ6020:1940年、木南車両でモハ500形504号として、鉄道省モニ3006号またはモユニ2002号を鋼体化して製造。買収後は1945年に西武農業鉄道に貸し出され、返却後の1949年に身延線へ、1951年に福塩線へ転属し、1960年に除籍。伊豆箱根鉄道に譲渡され、同社大雄山線のクハ25号として入線。1974年に廃車、解体された。
・モハ2000:1941年、帝国車両でモハ150形151号として製造。買収後は1951年に宇部・小野田線へ、1956年までに可部線へ、その後富山港線へと転属し、1967年に廃車、解体された。

▼青梅電鉄:現在のJR青梅線。1944年4月1日に国有化される。電車の制御器が鉄道省の標準型とは異なり、保守が難しかったため、付随車化されたり、私鉄へ払い下げられた車両が多い。
・クハ6101:1928年、川崎造船所でモハ100形104号として製造。買収後は1944年に電装解除し制御車となり、1945年に一時東京急行井の頭線に貸し出された後、1949年に郵便・荷物室を設置して身延線へ、1951年に郵便室を撤去して宇部・小野田線へと転属し、1955年に除籍。小湊鐡道に譲渡され、ディーゼルエンジンを搭載してキハ6101として入線。1978年に廃車、解体された。

<路線について>
▼福塩線(福山-府中町間):両備軽便鉄道線(軌間762mm、直流600V電化)を1933年9月1日に国有化。1935年に軌間を1067mmに改軌し省電路線となる。戦後の通勤路線化に伴い、3扉の買収国電が集中配置された。
▼可部線(横川-可部間):広浜鉄道線を1936年9月1日に国有化。戦災による車両不足を補うため、主に元鶴見臨港鉄道の買収車が転入した。
▼宇部線・小野田線:小野田鉄道線(非電化)を1943年4月1日、宇部鉄道線を1943年5月1日にそれぞれ国有化。小野田線は1950年に電化し省電路線となる。戦後の輸送力増強のため、1950年頃から元南武鉄道、1953年頃から元鶴見臨港鉄道の買収車が多く転入した。

■「買収国電」:当初は私鉄として開業し、その後国に買収されて国鉄路線となった電化路線、および買収された電車のことを指す。国による民間私鉄の買収・国有化は、明治期から多くの事例があるが、電化路線の買収は、1906年の甲武鉄道(現JR中央線)を除くと1933年~1944年の間に行われており、その数は15社線である。これらの路線及びその車両が、戦後の鉄道趣味者の間で一般的に「買収国電」と呼ばれている。車両の形式記号・番号は、買収時期の早い4社線以外は私鉄時代のまま使用されていたが、重複があるなど不便が生じたため、1953年に整理され、図中に表記したような4桁の番号が新たに付けられた。

 今回図化した電車の元所属である南武鉄道、鶴見臨港鉄道、青梅電鉄は、それぞれ開業の経緯は異なるが、1930年代には浅野財閥の経営するところとなり、戦時下の陸上交通事業統制の中で各社の合併も検討されていたという。しかし輸送上重要な路線として国有化されることとなり、各社の車両も運輸通信省(1943年11月、鉄道省と逓信省が合併して誕生)所属となった。
 戦後、これらの路線には、東京近郊の通勤路線として国鉄標準型の電車が入線し輸送力の増強が行われるようになり、買収車は地方の買収線区へと転属していった。広域転属の背景には、当時盛んに行われた、買収路線の払い下げ運動の勢いを削ぐ目的もあったと言われているが定かではない。
 画像は、日本国有鉄道が誕生した1954年頃の写真を元に作画した。編成については各電車区所属の車両を組み合わせたもので、実際にこうした編成で運用された記録に基づくものではない。

■久しぶりにドット絵を打ってたら編成が組めるようになりました。関東の私鉄電車の発達史において、これら買収車が取り上げられることは少ないのですが、なかなかどうして特徴的な面々が揃っていて興味深いところです。寸法はこれも1ピクセル=5cmです。

1/29再投稿 訂正点:クハ6100→クハ6101Close
こばひろ5/19/2017 15:05鶴臨型や阪和型にしろ、買収国電のあの「異端車!」って感じが好きです(*´ω`*)
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