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この作品 「蒐集家の非常に悪質で恐ろしく手の込んだ陰謀」 は「BOX会話劇SS」等のタグがつけられた作品です。
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蒐集家の非常に悪質で恐ろしく手の込んだ陰謀
ぎい
2013年1月29日 00:48
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BOX会話劇SS
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「やぁ、どうもどうも!はるばるこのような辺境の果てまでようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたとも!おや、素敵な靴ですね。とてもよくお似合いですよ。さぁさぁ、遠慮なさらず。むさくるしいところではございますが、本日は精一杯のおもてなしをさせていただきますので、どうぞお寛ぎになってください。今日は貴女の歓迎会ですよ。いやー、それにしてもお噂にたがわぬ、いや、それ以上にお美しい御嬢さんですね。こんな辺鄙なところに住んでいるものですから、貴女のようなご婦人とお話しさせていただく機会など稀なことで、私、緊張してしまいますよ。え、いえいえそんな。あ、この帽子ですか?よくぞ、聞いていただきました。ええ、ええ、貴女様のご想像通り。これは帽子屋に作らせたものです。そうですよ、あの不思議の国のアリスで不可思議なお茶会に参加していた彼です。もちろんですよ、「帽子屋」なんですから、帽子を取り扱っているに決まっています。なかなか、見事なものでしょう?私のお気に入りなんですよ。似合いますか?お褒めにあずかり光栄です。貴女は実にお目が高い。お美しいだけではなく、ものを見る目も確かと見えます。流石に、教養をお持ちの方は違いますね。はるばるお招きしたかいがあるというものですよ。蒐集家という生き物は常に自分のコレクションを誰かに見てもらいたいと望んでいるものなのですよ。だのに、私のコレクションを見に来る者といえば、陰気な書庫番くらいのもので、奴とはまったく趣味が合わないんですよ。ちっとも私のコレクションを理解しようとしないんですから。せっかくのコレクションをものの価値もわからぬ輩に見せびらかしたとて何になりましょう。その点、貴女のような聡明な御嬢さんに、私の屋敷に来ていただけるなんてこれほどの僥倖はそうありますまい。至らぬ品ばかりではありますが私のコレクションを見ていただける機会に恵まれたことは素直に神に感謝しなければなりませんね。ええ、我々は欲しいアイテムの為ならば、自尊心などなげうって神に祈ることも厭わない浅ましい生き物なのですよ。貴女のような高潔な方には想像もつかないことでしょう。どうぞ、お気の済むまで、いつまででもこの館に滞在していただいて構いません。おっと、そこの絨毯は動きますから気を付けてください。昔は空を飛びまわったりもしたようなのですが、いかんせん古くなってしまいましてね。今は床をじたばたするだけです。どうぞ、お手を。転んでしまってはいけません。ああ、その鳥ですか。可愛らしいでしょう?今は私が飼っているのですよ。おやおや、あまり顔を近づけてはいけません。シンデレラの義姉たちのように目玉をとられてしましますよ?彼は動物の目玉が大好物なんですから。どうぞ、こちらの応接室へ。まずは、遠いところ来ていただいてお疲れでしょうから、お座りになってください。さっそく、お茶でもいれましょう。あとで、庭のバラ園もご案内しますよ。カモミールティーはお好きですか?それは良かった。こちらのマカロンもどうぞ。これはかのヘンゼルとグレーテルの物語でお菓子の家を制作した菓子職人に作らせたものですから味は保証いたしますよ。え?それはそうです。たまたま、迷い込んできた少年を喰おうとするような悪食に、菓子の味などわかるはずないではありませんか。あれはあの意地汚い魔女が菓子職人に依頼して作らせた罠です。にちなみに、この菓子を盛り付けている銀盆はかつてヨセフの首をサロメ王女の元まで運ぶのに用いられたという由緒あるものです。縁の細工が実に見事でしょう?小道具というのは細部にまで拘ってこそ物語が引き立つというものです。おや、奥の石像が気になりますか?あれは、ゴーゴンの目を見て石になったとある母親の像です。もちろん本物ですよ。彼女が遭遇してしまったのはゴーゴン三姉妹の長姉です。末の妹はペルセウスに征伐されてしましましたが、姉2人は健在なのです。見てください、この驚きと恐怖に引きつる母親の顔を。それでも無意識にわが子をかばったのでしょう。腕が不自然に曲げられているのは子供を抱いていたからですよ。おかげで子供は無事だったようですが。悲壮感あふれる素晴らしい出来です。いかなる芸術もこれほどのリアリティと生生しさを出すことはできないでしょう。やはり、本物には敵いません。まぁ、子供が彼女らの住処に安易に近づいたのを庇ったという不用意な事故ではありますが、幸せな日常を突然理不尽に奪われる恐怖と悲劇というのもドラマティックではありませんか。残された子供も実に無念でしょうな。幼い自分が引き起こした事態にさぞ慄いたことでしょう。あ!こら、初対面のレディに失礼だろう?申し訳ない。鏡のくせにおしゃべりで。もともとこの館にあったものなのですが、移築したときにくっついて来てしまいまして。どうも、口が悪くていけない。美人をからかうのが大好きなのですよ。前の持ち主はこいつのいい加減な口車に乗せられて身を滅ぼしたのですからね。貴女も気を付けてください?そうだ、今日は貴女のためにささやかですが贈り物を用意したのです。ランピー!おおい、こちらへおいで。もたもたしないで。ロバのランピーです。先日、馬車屋から仕入れましてね。この館は無駄に広い上に古いですから意外と段差が多くて危険なのですよ。貴女のような方にはいささか不便が多いと思いまして。それに、今日貴女のために用意している部屋は3階なのですよ。広いばかりで何かと使い勝手の悪い屋敷で申し訳ないのですが、階段の移動なんかも彼が乗せてくれますよ。もとは人間ですから言葉もある程度わかりますし、どうぞ遠慮なく使ってください。普通のロバより賢いというのが馬車屋の売りですからね。意外と器用にドアの開け閉めもするんですよ。ランピーは体が小さいので売れ残っていたのですが、御嬢さん一人運ぶなら十分でしょう。仲良くしてやってください。おやおや、チェストの影に隠れてしまった。貴女があんまりお綺麗なので恥ずかしがっているようですね。まだ、子供なのです。ほら、彼女が今日から君のご主人なのだから、きちんとご挨拶なさい。そう。くれぐれも失礼のないようにお持て成しするんだぞ。彼女は大事なコレ…あっと失礼。客人なのだから。長い付き合いになるだろうから仲良くね。」
[newpage]
「さて、さっそく屋敷をご案内しましょう。まずは、1階から順に。どうぞ、無理をせずランピーの背に乗ってください。松葉杖は私が持ちましょう。といっても、1階にはこの応接室と中庭とホールがいくつか。食堂も1階ですよ。夕食の際はこちらにきていただければ。コックですか?いえ、この屋敷には私しか住んでいないのですよ。確かにお察しの通り、私は料理が得意ではありませんが…マッチ売りの少女から買ってきたマッチがありますから大丈夫ですよ。食べたいものを思い浮かべながらマッチに火をつけるだけです。貴女も一度やってみますか?コツをつかめば簡単です。ただ、あまり大層なものを想像すると実現した幻に自分が喰われてしまいますから注意が必要なのですが。コレクションのほとんどは上の階にあるんですよ。中庭には薔薇園がありましてね。是非、紹介させてください。トランプ兵たちが甲斐甲斐しく世話してくれるおかげで常に美しい花に溢れているんですよ。ええ、ハートの女王とは懇意にしていましてね。トランプ兵を何人か借り受けているのです。女王がクリケットをするたびに呼び戻されるので、いないことも多いのですが。おや、この薔薇はペンキが塗りかけじゃないか。別に、私は赤いバラでなくとも彼らを殺したりはしないのですが、彼らの性分なのでしょうね。あの、一番大きいのが百年茨です。眠りの森から一株拝借してきて育てているのですが、もう、屋敷を覆う勢いですね。この百年茨の結界は発動してから100年は誰一人として結界の出入りができなくなるという代物なので、うっかりしてこの館に閉じ込められないように注意しないといけませんね。それから、不思議の国のハートの女王から譲っていただいた薔薇がこちら。実はあの庭の薔薇に赤いものは一つも無いんですよ?女王は気づいておられない様ですが。この一輪だけ咲いているのは星の薔薇です。一つの惑星に1本ずつしか咲かないという希少種なのです。手塩にかければ主に愛をささやくようになるという話ですが、生憎と私にはそんなことはないですね。嫌われているのでしょうか。貴女になら話し相手くらいにはなってくれるかもしれませんよ。ああ、もしかして茨はお嫌いですか?そんなことはない?良かった。やはり美しいご婦人には美しい薔薇が似合います。特に貴女は赤がお似合いですから。物語における薔薇の役割というのは非常に重要なファクターですからね。彼らが文字通り花となりストーリーを盛り上げているのです。実は裏庭には温室があるのですが、こちらには危険な植物も多いですから不用意に近づかれませんように。」
[newpage]
「次は2階です。階段はこちらですよ。ランピー、足元に気を付けて。2階は私の私室と図書室、残りはほとんどコレクション置き場ですね。がらくたのようなものが多いですが。これはオオカミと7匹の子ヤギでオオカミの腹に入れられた石ですよ。井戸をさらったりして意外と苦労して手に入れたのですがねぇ。まぁ、謂れを知らなければ何の役にもたたないただの石なのですが。ツケモノイシ?にしかならないと書庫番に言われました。私も東洋の文化には疎いのですが、ツケモノというピクルスの仲間のような塩を振った野菜の上に石を乗せて作る食べ物だそうです。食べたことはありませんが。奴は暇さえあれば本ばかり読んでいるのでつまらないことを良く知っているんですよ。あ、この蓄音機はかの人魚姫の声で歌うのですよ。彼女は泡になってしまいましたが、魔女が取り上げた声は私が頂いて来てしましました。実に素晴らしい歌声ですよ。1曲いかがです?おや、残念。では先を急ぎましょう。これは白雪姫が眠っていたガラスの棺です。本当に素晴らしい造りでしょう?姫が目覚めてしまったのが勿体ないくらいの細工です。しかも、この棺は二重底になっていまして、下に氷を入れて中のものを冷やしておけるようになっているんですよ。流石というべきか、あの働き者の小人たちは実用性の高い仕事をします。ガラスの棺に美女の死体なんて想像しただけで胸が高鳴りますね。私が王子でしたら、この棺ごと姫をさらって、毎日眺めて過ごしたでしょうに。あ、横にある鉄下駄は白雪姫の継母が履かされたものです。焦げた皮膚がこびり付いて残っているんですよ、ほらここに。えげつないことを思いつかれますよね、あの姫君は。重ね重ね、目覚めてしまったのがもったいない。棚にある人形はアンティークの特注品です。髪の毛には東洋の国にある羅城門というところの近所で乞食の老婆から買い取ったものを使っています。ご存じない?流石に東洋の知識までは疎いご様子ですね。まぁ、私も似たようなものですが。その老婆は死体から抜いた髪の毛を売ることを生業としているのですよ。黒髪は珍しいでしょう?人間の業が詰まった実に面白い逸品に仕上がったと自負しております。私のお気に入りの一つですよ。あっと、すいません。私としたことがつい夢中になってしまいましたね。一度にこんなに捲し立てられて面喰ってしまったでしょう?悪い癖です。お疲れですか。なんだかお顔の色が優れないようですが…大丈夫ですか?この部屋はどうぞご自由に見ていただいて構いませんので、後々じっくりとご覧ください。きっと退屈しませんよ。では、隣の図書室も簡単にご説明いたしましょう。ここには古今東西の童話や神話、説話、逸話、伝説、幻想譚を集めてあります。これらのストーリーの魅力は私の魂を掴んで離さない。まさに私のコレクションの根幹を成しているといっても過言ではありません。あの書庫番の書架にはまるで敵いませんが、それでも相当の数があると自負しています。ご養母様のお屋敷にも広い書架が?それは素晴らしい。では、ずいぶんお勉強されたことでしょう。スタンダードなところではグリム、アンデルセン、イソップ、シャルル、ルイス、シェイクスピア、ギリシャ神話、ケルト神話に中国の三大演義もそろっていますよ。古典自体は私の領分ではありませんが、実は最近、東洋の昔話のブームが来ていまして、そちらの蔵書も増えているところです。ご養母様もお持ちではなかった珍しい物語が読めると思いますよ。あ、プリンセス・カグヤなどいかがです?今度、資金繰りに困ったらここの竹林でこっそり財宝を分けてもらおうかと思っていまして、今下調べをしているところです。金のガチョウでは些かリスクが大きい。竹を切るだけで財宝が手に入るならそれに越したことはありません。それはまぁ、こちらの話ですがね。残念ながら、私も長期で屋敷を空けることも多いですから、いつも貴女と楽しくお話をしていられるわけではありません。私が不在の時でも、遠慮せずに利用してください。人生とはひたすらに退屈を紛らわせるための徒労なのですから、そのための玩具は多い方が良い。先ほどの倉庫とこの図書室で、しばらくは退屈せずに済むと思いますよ。それと、一番奥は私の私室ですが、こちらには立ち入りはご遠慮いただきたいのです。恥ずかしながら、レディに見せられないものも多いですから…貴女のお部屋から私の私室に通じる回線がありますから、御用の際はそれで呼び出して頂ければ駆けつけますよ。それでは、やはりお疲れのようですから早速3階の貴女の部屋にご案内いたしましょう。本日のメインイベントですね。彼には悪いですが、ランピーはおまけのようなものです。貴女への最大のサプライズはこの部屋にあるのですよ。楽しみにしていてください。こら、ランピーそっちじゃない。ちゃんと私についておいで。さぁ、この扉です。ランピーは入り口で待たせましょう。杖をどうぞ。立てますか?手を貸しましょう。鍵はここに。どうぞ、ご自分でお開けになってみてください。私からの精一杯の贈り物です。」
[newpage]
「どうです?素晴らしいでしょう。どうぞ、中へ入って近くでご覧ください。見てのとおり、これは赤い靴の少女の呪われた両足です。切り離されてもなお、いまだに、踊り続けている。このように籠に入れておかなければ、またどこへ行ってしまうことやら。手に入れるのにも非常に苦労しましたが、その甲斐はありましたよ。これは私のコレクションの中でも特に気に入っていましてね。ご覧ください、この白く細くまだ幼さを残す少女独特の脚線美を。延々と紡がれる優美なステップを。この赤い靴も非常に愛らしい。よく似合っています。物語の少女がこの靴に惹かれてしまったのも無理もありません。正に、美しき人間の業が成せる芸術品です。ははは。随分と驚かれているようだ。サプライズが成功して嬉しいですよ。ですが、こんな薀蓄は貴女には必要なかったかもしれませんね。まさか、再び目にすることがあるとは思ってもみませんでしたか?私はこれを手に入れて以来、貴女に是非、我が館へ来ていただけたらと夢想していたのです。夢が叶って幸せですよ。きちんと確かめてください。正真正銘、貴女の足だ。忘れられずにいたのでしょう?この靴を。自分は許されたのではないのか、ですって?許す?当然ですよ。天使が迎えに来た件ですか?ああ、言ったでしょう?我々蒐集家という生き物は『己が求めるアイテムの為ならば、神に祈ることも厭わない』と。相当の犠牲は払いましたが、天使の何人かに貴女を迎えに行って、ここに連れてきてもらえるよう頼み込んだのです。そもそも、彼らの仕事は神の使いであって、人間を天国へ送り迎えすることではありません。ですが、ストーリーがそうなっていのだから仕方がない。そこを違えるわけにはいかないですからね。手続き上、必要な演出だったのですよ。もちろん、貴女は許されたのです。ここならば、貴女がどんな靴を履こうと咎めるものはいません。赤い靴を認めない神などに嫌々祈る必要もない。貴女はずっとここで、あらゆる赤い靴を履くことができる。ああ、言い忘れていましたが、この部屋の両サイドの棚はすべて靴箱です。貴女のために、世界中から集めたあらゆるブランドの「赤い靴」が揃えてあります。もちろん気に入っていただけると確信していますよ。そんなキチガイを見るような顔をしないでください。天使に連れてこられたとはいえ、確かに、一般的な天国とはだいぶ印象が違うかもしれませんね。しかし、どんな環境を天国と感じるのかは人それぞれではないですか。ここは、貴女にとって間違いなく幸せでいられる空間、すなわち天国です。それに貴女も認めるべきですよ。貴女は赤い靴でなければ満足できない。貴女の靴は赤くなければならないのです。だってその証拠に、実母の葬儀以降、礼拝にすら赤い靴を履いて出席し、養母の忠告を顧みることもなく、あまつさえ呪いのために両足を失って神に忠誠を誓ってもなお、それでも貴女は未練がましくその義足に赤い靴を履き続けているではありませんか。両の足を斧で叩き切られるなど、想像するだけで身震いがします。年端もいかぬ少女にはあまりに衝撃的で残酷な出来事でしょう。それを忘れていないにもかかわらず赤い靴を履き続ける貴女のその執着、執念、浅ましさは、蒐集家の私でも戦慄を覚えるほどです。ですが、だからこそ貴女は私のコレクションに相応しい!私にはわかりますよ。貴女は私と同じ種類の人間だと。認めておしまいなさい。そうすれば楽になります。貴女を許すのは貴女以外にいません。大丈夫。ここには私と貴女の二人だけ。貴女を糾弾した狭量な社会やモラルなどありません。切り落とされた足は流石にこのままですが、それでも貴女はこの足とともに素敵な靴を履いて幸せに暮らせるのですから。どうか、泣かないで。顔をあげてください。ここにない靴が欲しければ私がすぐに用意しましょう。貴女はもう何も我慢することはないのです。ほら、やはり美人は笑っていなければ。貴女はここで貴女のしたいようにして良いのです。確かに、この館から出ることは出来ませんが、そんなことは些末な問題です。貴女の望みはここで全て叶いますし、私が叶えましょう。心配することはありません。ああ、ようやく笑っていただけました。ここへ来てから初めてですよ?正直、何か粗相があったのではないかとハラハラしていたのです。気に入っていただけたようで安心しました。それでは改めて、ご挨拶いたしましょう―」
「ようこそ、蒐集家の館へ。レディ・カーレン。貴女を歓迎します。」
[newpage]
「…これはルール違反ではないの?蒐集家。」
「どこがだい?」
「まさか、主人公本人をコレクションしてしまうなんて。ストーリーに干渉し過ぎている。ストーリーに直接影響しない小物をちまちま集めて喜んでいる程度が君の領分じゃないのかい?」
「大丈夫。きちんとストーリー通りだろう?『晩年、慈善事業に尽力した彼女は天使が迎えに来て、罪を許され、天国で幸せになる。』あの部屋で彼女は自分の足を眺めながら、自身の抗いがたい偏執的な習性の醜悪さを眼前に突き付けられながら過ごすんだ。可愛いだろう?それでも、彼女は自分を許すしかない。認めるしかない。それにあの部屋は彼女の欲求を許し、満たしてくれる。あの部屋は天国だよ?大好きな赤い靴に囲まれて過ごすのだから。まったく残酷な話だけれど、それが彼女の幸せなのだから仕方がない。」
「何度でも思うし、何度も言っているけど、蒐集家。君のコレクションは悪趣味に過ぎる。」
「引きこもりの書庫番に私のコレクションの魅力を理解してもらおうなどと思っていないよ。心配なら、君の書架の『赤い靴』を確認してきてごらんよ。ストーリーに変化はないはずだ。今回は細心の注意を払ったのだからね。」
「気持ちが悪い。君と友人だという事実が非常に受け入れ難い。」
「所詮、君も同じ穴のムジナだろう。蔵書癖。」
「…ところで、その赤い靴を履いてもよい・という許され方だけれど。僕の知る限り、神というものはそもそも靴の色くらいで人を咎めたりしないし、こんな風に矛盾した許し方はしない。罰は下すし、祟るけれど、呪ったりはしない。彼女が犯したのはあくまで、人の決めた戒律とモラルだ。この話、やはりどこか違和感がある。」
「…君はまた、余計なところに無駄に気が付くね。お察しの通り、このストーリーに天使は出るけれど神は登場していない。神はカーレン嬢にはそもそも興味がない。彼女のやったことなんて、ちょっとドレスコードを無視しただけのお茶目じゃないか。確かに、彼女の赤い靴を履きたい・赤い靴でなければ耐えられない・という病的な習性はそれ自体醜悪なものではあるし、赤い靴を履くためなら彼女はそれこそ何だってするだろうけれど、でも客観的に見たらそれだけだ。彼女の業はあくまで彼女の内側の問題で、本来は赤い靴さえ履いていれば誰の迷惑にもならない、彼女はいたって普通の幼気な少女だよ。神がいちいち目くじら立てるほどのことじゃないし、両足を失うほどの罪なんて実はどこにも無い。彼女より酷いことをする者なんて山ほどいるしね。彼女を咎めたのはあくまで人間。彼女の養母だよ。よく、親が子供に使う手さ。『お利口にしないと神様の罰があたりますよ』ってね。本当に神がそこにいたわけじゃない。そのせいで、彼女は靴の呪いを神様からの罰だと勘違いしただけさ。」
「おい。この件に神が干渉していないなら…その靴の呪いは一体誰が仕掛けたものだ?」
「もちろん、私だけど?」
「やぁ、どうもどうも!はるばるこのような辺境の果てまでようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたとも!おや、素敵な靴ですね。とてもよくお似合いですよ。さぁさぁ、遠慮なさらず。むさくるしいところではございますが、本日は精一杯のおもてなしをさせていただきますので、どうぞお寛ぎになってください。今日は貴女の歓迎会ですよ。いやー、それにしてもお噂にたがわぬ、いや、それ以上にお美しい御嬢さんですね。こんな辺鄙なところに住んでいるものですから、貴女のようなご婦人とお話しさせていただく機会など稀なことで、私、緊張してしまいますよ。え、いえいえそんな。あ、この帽子ですか?よくぞ、聞いていただきました。ええ、ええ、貴女様のご想像通り。これは帽子屋に作らせたものです。そうですよ、あの不思議の国のアリスで不可思議なお茶会に参加していた彼です。もちろんですよ、「帽子屋」なんですから、帽子を取り扱っているに決まっています。なかなか、見事なものでしょう?私のお気に入りなんですよ。似合いますか?お褒めにあずかり光栄です。貴女は実にお目が高い。お美しいだけではなく、ものを見る目も確かと見えます。流石に、教養をお持ちの方は違いますね。はるばるお招きしたかいがあるというものですよ。蒐集家という生き物は常に自分のコレクションを誰かに見てもらいたいと望んでいるものなのですよ。だのに、私のコレクションを見に来る者といえば、陰気な書庫番くらいのもので、奴とはまったく趣味が合わないんですよ。ちっとも私のコレクションを理解しようとしないんですから。せっかくのコレクションをものの価値もわからぬ輩に見せびらかしたとて何になりましょう。その点、貴女のような聡明な御嬢さんに、私の屋敷に来ていただけるなんてこれほどの僥倖はそうありますまい。至らぬ品ばかりではありますが私のコレクションを見ていただける機会に恵まれたことは素直に神に感謝しなければなりませんね。ええ、我々は欲しいアイテムの為ならば、自尊心などなげうって神に祈ることも厭わない浅ましい生き物なのですよ。貴女のような高潔な方には想像もつかないことでしょう。どうぞ、お気の済むまで、いつまででもこの館に滞在していただいて構いません。おっと、そこの絨毯は動きますから気を付けてください。昔は空を飛びまわったりもしたようなのですが、いかんせん古くなってしまいましてね。今は床をじたばたするだけです。どうぞ、お手を。転んでしまってはいけません。ああ、その鳥ですか。可愛らしいでしょう?今は私が飼っているのですよ。おやおや、あまり顔を近づけてはいけません。シンデレラの義姉たちのように目玉をとられてしましますよ?彼は動物の目玉が大好物なんですから。どうぞ、こちらの応接室へ。まずは、遠いところ来ていただいてお疲れでしょうから、お座りになってください。さっそく、お茶でもいれましょう。あとで、庭のバラ園もご案内しますよ。カモミールティーはお好きですか?それは良かった。こちらのマカロンもどうぞ。これはかのヘンゼルとグレーテルの物語でお菓子の家を制作した菓子職人に作らせたものですから味は保証いたしますよ。え?それはそうです。たまたま、迷い込んできた少年を喰おうとするような悪食に、菓子の味などわかるはずないではありませんか。あれはあの意地汚い魔女が菓子職人に依頼して作らせた罠です。にちなみに、この菓子を盛り付けている銀盆はかつてヨセフの首をサロメ王女の元まで運ぶのに用いられたという由緒あるものです。縁の細工が実に見事でしょう?小道具というのは細部にまで拘ってこそ物語が引き立つというものです。おや、奥の石像が気になりますか?あれは、ゴーゴンの目を見て石になったとある母親の像です。もちろん本物ですよ。彼女が遭遇してしまったのはゴーゴン三姉妹の長姉です。末の妹はペルセウスに征伐されてしましましたが、姉2人は健在なのです。見てください、この驚きと恐怖に引きつる母親の顔を。それでも無意識にわが子をかばったのでしょう。腕が不自然に曲げられているのは子供を抱いていたからですよ。おかげで子供は無事だったようですが。悲壮感あふれる素晴らしい出来です。いかなる芸術もこれほどのリアリティと生生しさを出すことはできないでしょう。やはり、本物には敵いません。まぁ、子供が彼女らの住処に安易に近づいたのを庇ったという不用意な事故ではありますが、幸せな日常を突然理不尽に奪われる恐怖と悲劇というのもドラマティックではありませんか。残された子供も実に無念でしょうな。幼い自分が引き起こした事態にさぞ慄いたことでしょう。あ!こら、初対面のレディに失礼だろう?申し訳ない。鏡のくせにおしゃべりで。もともとこの館にあったものなのですが、移築したときにくっついて来てしまいまして。どうも、口が悪くていけない。美人をからかうのが大好きなのですよ。前の持ち主はこいつのいい加減な口車に乗せられて身を滅ぼしたのですからね。貴女も気を付けてください?そうだ、今日は貴女のためにささやかですが贈り物を用意したのです。ランピー!おおい、こちらへおいで。もたもたしないで。ロバのランピーです。先日、馬車屋から仕入れましてね。この館は無駄に広い上に古いですから意外と段差が多くて危険なのですよ。貴女のような方にはいささか不便が多いと思いまして。それに、今日貴女のために用意している部屋は3階なのですよ。広いばかりで何かと使い勝手の悪い屋敷で申し訳ないのですが、階段の移動なんかも彼が乗せてくれますよ。もとは人間ですから言葉もある程度わかりますし、どうぞ遠慮なく使ってください。普通のロバより賢いというのが馬車屋の売りですからね。意外と器用にドアの開け閉めもするんですよ。ランピーは体が小さいので売れ残っていたのですが、御嬢さん一人運ぶなら十分でしょう。仲良くしてやってください。おやおや、チェストの影に隠れてしまった。貴女があんまりお綺麗なので恥ずかしがっているようですね。まだ、子供なのです。ほら、彼女が今日から君のご主人なのだから、きちんとご挨拶なさい。そう。くれぐれも失礼のないようにお持て成しするんだぞ。彼女は大事なコレ…あっと失礼。客人なのだから。長い付き合いになるだろうから仲良くね。」[newpage] 「さて、さっそく屋敷をご案内しましょう。まずは、1階から順に。どうぞ、無理をせずランピーの背に乗ってください。松葉杖は私が持ちましょう。といっても、1階にはこの応接室と中庭とホールがいくつか。食堂も1階ですよ。夕食の際はこちらにきていただければ。コックですか?いえ、この屋敷には私しか住んでいないのですよ。確かにお察しの通り、私は料理が得意ではありませんが…マッチ売りの少女から買ってきたマッチがありますから大丈夫ですよ。食べたいものを思い浮かべながらマッチに火をつけるだけです。貴女も一度やってみますか?コツをつかめば簡単です。ただ、あまり大層なものを想像すると実現した幻に自分が喰われてしまいますから注意が必要なのですが。コレクションのほとんどは上の階にあるんですよ。中庭には薔薇園がありましてね。是非、紹介させてください。トランプ兵たちが甲斐甲斐しく世話してくれるおかげで常に美しい花に溢れているんですよ。ええ、ハートの女王とは懇意にしていましてね。トランプ兵を何人か借り受けているのです。女王がクリケットをするたびに呼び戻されるので、いないことも多いのですが。おや、この薔薇はペンキが塗りかけじゃないか。別に、私は赤いバラでなくとも彼らを殺したりはしないのですが、彼らの性分なのでしょうね。あの、一番大きいのが百年茨です。眠りの森から一株拝借してきて育てているのですが、もう、屋敷を覆う勢いですね。この百年茨の結界は発動してから100年は誰一人として結界の出入りができなくなるという代物なので、うっかりしてこの館に閉じ込められないように注意しないといけませんね。それから、不思議の国のハートの女王から譲っていただいた薔薇がこちら。実はあの庭の薔薇に赤いものは一つも無いんですよ?女王は気づいておられない様ですが。この一輪だけ咲いているのは星の薔薇です。一つの惑星に1本ずつしか咲かないという希少種なのです。手塩にかければ主に愛をささやくようになるという話ですが、生憎と私にはそんなことはないですね。嫌われているのでしょうか。貴女になら話し相手くらいにはなってくれるかもしれませんよ。ああ、もしかして茨はお嫌いですか?そんなことはない?良かった。やはり美しいご婦人には美しい薔薇が似合います。特に貴女は赤がお似合いですから。物語における薔薇の役割というのは非常に重要なファクターですからね。彼らが文字通り花となりストーリーを盛り上げているのです。実は裏庭には温室があるのですが、こちらには危険な植物も多いですから不用意に近づかれませんように。」[newpage] 「次は2階です。階段はこちらですよ。ランピー、足元に気を付けて。2階は私の私室と図書室、残りはほとんどコレクション置き場ですね。がらくたのようなものが多いですが。これはオオカミと7匹の子ヤギでオオカミの腹に入れられた石ですよ。井戸をさらったりして意外と苦労して手に入れたのですがねぇ。まぁ、謂れを知らなければ何の役にもたたないただの石なのですが。ツケモノイシ?にしかならないと書庫番に言われました。私も東洋の文化には疎いのですが、ツケモノというピクルスの仲間のような塩を振った野菜の上に石を乗せて作る食べ物だそうです。食べたことはありませんが。奴は暇さえあれば本ばかり読んでいるのでつまらないことを良く知っているんですよ。あ、この蓄音機はかの人魚姫の声で歌うのですよ。彼女は泡になってしまいましたが、魔女が取り上げた声は私が頂いて来てしましました。実に素晴らしい歌声ですよ。1曲いかがです?おや、残念。では先を急ぎましょう。これは白雪姫が眠っていたガラスの棺です。本当に素晴らしい造りでしょう?姫が目覚めてしまったのが勿体ないくらいの細工です。しかも、この棺は二重底になっていまして、下に氷を入れて中のものを冷やしておけるようになっているんですよ。流石というべきか、あの働き者の小人たちは実用性の高い仕事をします。ガラスの棺に美女の死体なんて想像しただけで胸が高鳴りますね。私が王子でしたら、この棺ごと姫をさらって、毎日眺めて過ごしたでしょうに。あ、横にある鉄下駄は白雪姫の継母が履かされたものです。焦げた皮膚がこびり付いて残っているんですよ、ほらここに。えげつないことを思いつかれますよね、あの姫君は。重ね重ね、目覚めてしまったのがもったいない。棚にある人形はアンティークの特注品です。髪の毛には東洋の国にある羅城門というところの近所で乞食の老婆から買い取ったものを使っています。ご存じない?流石に東洋の知識までは疎いご様子ですね。まぁ、私も似たようなものですが。その老婆は死体から抜いた髪の毛を売ることを生業としているのですよ。黒髪は珍しいでしょう?人間の業が詰まった実に面白い逸品に仕上がったと自負しております。私のお気に入りの一つですよ。あっと、すいません。私としたことがつい夢中になってしまいましたね。一度にこんなに捲し立てられて面喰ってしまったでしょう?悪い癖です。お疲れですか。なんだかお顔の色が優れないようですが…大丈夫ですか?この部屋はどうぞご自由に見ていただいて構いませんので、後々じっくりとご覧ください。きっと退屈しませんよ。では、隣の図書室も簡単にご説明いたしましょう。ここには古今東西の童話や神話、説話、逸話、伝説、幻想譚を集めてあります。これらのストーリーの魅力は私の魂を掴んで離さない。まさに私のコレクションの根幹を成しているといっても過言ではありません。あの書庫番の書架にはまるで敵いませんが、それでも相当の数があると自負しています。ご養母様のお屋敷にも広い書架が?それは素晴らしい。では、ずいぶんお勉強されたことでしょう。スタンダードなところではグリム、アンデルセン、イソップ、シャルル、ルイス、シェイクスピア、ギリシャ神話、ケルト神話に中国の三大演義もそろっていますよ。古典自体は私の領分ではありませんが、実は最近、東洋の昔話のブームが来ていまして、そちらの蔵書も増えているところです。ご養母様もお持ちではなかった珍しい物語が読めると思いますよ。あ、プリンセス・カグヤなどいかがです?今度、資金繰りに困ったらここの竹林でこっそり財宝を分けてもらおうかと思っていまして、今下調べをしているところです。金のガチョウでは些かリスクが大きい。竹を切るだけで財宝が手に入るならそれに越したことはありません。それはまぁ、こちらの話ですがね。残念ながら、私も長期で屋敷を空けることも多いですから、いつも貴女と楽しくお話をしていられるわけではありません。私が不在の時でも、遠慮せずに利用してください。人生とはひたすらに退屈を紛らわせるための徒労なのですから、そのための玩具は多い方が良い。先ほどの倉庫とこの図書室で、しばらくは退屈せずに済むと思いますよ。それと、一番奥は私の私室ですが、こちらには立ち入りはご遠慮いただきたいのです。恥ずかしながら、レディに見せられないものも多いですから…貴女のお部屋から私の私室に通じる回線がありますから、御用の際はそれで呼び出して頂ければ駆けつけますよ。それでは、やはりお疲れのようですから早速3階の貴女の部屋にご案内いたしましょう。本日のメインイベントですね。彼には悪いですが、ランピーはおまけのようなものです。貴女への最大のサプライズはこの部屋にあるのですよ。楽しみにしていてください。こら、ランピーそっちじゃない。ちゃんと私についておいで。さぁ、この扉です。ランピーは入り口で待たせましょう。杖をどうぞ。立てますか?手を貸しましょう。鍵はここに。どうぞ、ご自分でお開けになってみてください。私からの精一杯の贈り物です。」[newpage]「どうです?素晴らしいでしょう。どうぞ、中へ入って近くでご覧ください。見てのとおり、これは赤い靴の少女の呪われた両足です。切り離されてもなお、いまだに、踊り続けている。このように籠に入れておかなければ、またどこへ行ってしまうことやら。手に入れるのにも非常に苦労しましたが、その甲斐はありましたよ。これは私のコレクションの中でも特に気に入っていましてね。ご覧ください、この白く細くまだ幼さを残す少女独特の脚線美を。延々と紡がれる優美なステップを。この赤い靴も非常に愛らしい。よく似合っています。物語の少女がこの靴に惹かれてしまったのも無理もありません。正に、美しき人間の業が成せる芸術品です。ははは。随分と驚かれているようだ。サプライズが成功して嬉しいですよ。ですが、こんな薀蓄は貴女には必要なかったかもしれませんね。まさか、再び目にすることがあるとは思ってもみませんでしたか?私はこれを手に入れて以来、貴女に是非、我が館へ来ていただけたらと夢想していたのです。夢が叶って幸せですよ。きちんと確かめてください。正真正銘、貴女の足だ。忘れられずにいたのでしょう?この靴を。自分は許されたのではないのか、ですって?許す?当然ですよ。天使が迎えに来た件ですか?ああ、言ったでしょう?我々蒐集家という生き物は『己が求めるアイテムの為ならば、神に祈ることも厭わない』と。相当の犠牲は払いましたが、天使の何人かに貴女を迎えに行って、ここに連れてきてもらえるよう頼み込んだのです。そもそも、彼らの仕事は神の使いであって、人間を天国へ送り迎えすることではありません。ですが、ストーリーがそうなっていのだから仕方がない。そこを違えるわけにはいかないですからね。手続き上、必要な演出だったのですよ。もちろん、貴女は許されたのです。ここならば、貴女がどんな靴を履こうと咎めるものはいません。赤い靴を認めない神などに嫌々祈る必要もない。貴女はずっとここで、あらゆる赤い靴を履くことができる。ああ、言い忘れていましたが、この部屋の両サイドの棚はすべて靴箱です。貴女のために、世界中から集めたあらゆるブランドの「赤い靴」が揃えてあります。もちろん気に入っていただけると確信していますよ。そんなキチガイを見るような顔をしないでください。天使に連れてこられたとはいえ、確かに、一般的な天国とはだいぶ印象が違うかもしれませんね。しかし、どんな環境を天国と感じるのかは人それぞれではないですか。ここは、貴女にとって間違いなく幸せでいられる空間、すなわち天国です。それに貴女も認めるべきですよ。貴女は赤い靴でなければ満足できない。貴女の靴は赤くなければならないのです。だってその証拠に、実母の葬儀以降、礼拝にすら赤い靴を履いて出席し、養母の忠告を顧みることもなく、あまつさえ呪いのために両足を失って神に忠誠を誓ってもなお、それでも貴女は未練がましくその義足に赤い靴を履き続けているではありませんか。両の足を斧で叩き切られるなど、想像するだけで身震いがします。年端もいかぬ少女にはあまりに衝撃的で残酷な出来事でしょう。それを忘れていないにもかかわらず赤い靴を履き続ける貴女のその執着、執念、浅ましさは、蒐集家の私でも戦慄を覚えるほどです。ですが、だからこそ貴女は私のコレクションに相応しい!私にはわかりますよ。貴女は私と同じ種類の人間だと。認めておしまいなさい。そうすれば楽になります。貴女を許すのは貴女以外にいません。大丈夫。ここには私と貴女の二人だけ。貴女を糾弾した狭量な社会やモラルなどありません。切り落とされた足は流石にこのままですが、それでも貴女はこの足とともに素敵な靴を履いて幸せに暮らせるのですから。どうか、泣かないで。顔をあげてください。ここにない靴が欲しければ私がすぐに用意しましょう。貴女はもう何も我慢することはないのです。ほら、やはり美人は笑っていなければ。貴女はここで貴女のしたいようにして良いのです。確かに、この館から出ることは出来ませんが、そんなことは些末な問題です。貴女の望みはここで全て叶いますし、私が叶えましょう。心配することはありません。ああ、ようやく笑っていただけました。ここへ来てから初めてですよ?正直、何か粗相があったのではないかとハラハラしていたのです。気に入っていただけたようで安心しました。それでは改めて、ご挨拶いたしましょう―」 「ようこそ、蒐集家の館へ。レディ・カーレン。貴女を歓迎します。」 [newpage] 「…これはルール違反ではないの?蒐集家。」 「どこがだい?」 「まさか、主人公本人をコレクションしてしまうなんて。ストーリーに干渉し過ぎている。ストーリーに直接影響しない小物をちまちま集めて喜んでいる程度が君の領分じゃないのかい?」 「大丈夫。きちんとストーリー通りだろう?『晩年、慈善事業に尽力した彼女は天使が迎えに来て、罪を許され、天国で幸せになる。』あの部屋で彼女は自分の足を眺めながら、自身の抗いがたい偏執的な習性の醜悪さを眼前に突き付けられながら過ごすんだ。可愛いだろう?それでも、彼女は自分を許すしかない。認めるしかない。それにあの部屋は彼女の欲求を許し、満たしてくれる。あの部屋は天国だよ?大好きな赤い靴に囲まれて過ごすのだから。まったく残酷な話だけれど、それが彼女の幸せなのだから仕方がない。」 「何度でも思うし、何度も言っているけど、蒐集家。君のコレクションは悪趣味に過ぎる。」 「引きこもりの書庫番に私のコレクションの魅力を理解してもらおうなどと思っていないよ。心配なら、君の書架の『赤い靴』を確認してきてごらんよ。ストーリーに変化はないはずだ。今回は細心の注意を払ったのだからね。」 「気持ちが悪い。君と友人だという事実が非常に受け入れ難い。」 「所詮、君も同じ穴のムジナだろう。蔵書癖。」 「…ところで、その赤い靴を履いてもよい・という許され方だけれど。僕の知る限り、神というものはそもそも靴の色くらいで人を咎めたりしないし、こんな風に矛盾した許し方はしない。罰は下すし、祟るけれど、呪ったりはしない。彼女が犯したのはあくまで、人の決めた戒律とモラルだ。この話、やはりどこか違和感がある。」 「…君はまた、余計なところに無駄に気が付くね。お察しの通り、このストーリーに天使は出るけれど神は登場していない。神はカーレン嬢にはそもそも興味がない。彼女のやったことなんて、ちょっとドレスコードを無視しただけのお茶目じゃないか。確かに、彼女の赤い靴を履きたい・赤い靴でなければ耐えられない・という病的な習性はそれ自体醜悪なものではあるし、赤い靴を履くためなら彼女はそれこそ何だってするだろうけれど、でも客観的に見たらそれだけだ。彼女の業はあくまで彼女の内側の問題で、本来は赤い靴さえ履いていれば誰の迷惑にもならない、彼女はいたって普通の幼気な少女だよ。神がいちいち目くじら立てるほどのことじゃないし、両足を失うほどの罪なんて実はどこにも無い。彼女より酷いことをする者なんて山ほどいるしね。彼女を咎めたのはあくまで人間。彼女の養母だよ。よく、親が子供に使う手さ。『お利口にしないと神様の罰があたりますよ』ってね。本当に神がそこにいたわけじゃない。そのせいで、彼女は靴の呪いを神様からの罰だと勘違いしただけさ。」 「おい。この件に神が干渉していないなら…その靴の呪いは一体誰が仕掛けたものだ?」 「もちろん、私だけど?」
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BOX会話劇SS
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