「寒ぃなぁ・・・。」
押し入れにしまった冬羽織、そろそろ出すべきか。靡く風に問うたら「いつぞやの皐月を忘れたか?」と諭され、いざ渋れば「文月の時に腰に縛った冬羽織、忘れたわけではあるまい?」と煽られる。葉月に別れを告げて長月、平らに成らんと願った何時ぞやであれば、残暑厳しくとも、日暮れに夏が過ぎる事を告げる冷たくとも穏やかな風がこの躰を包むはずなのだが、今年の秋の知らせってのは随分と冷てぇなァ。ちったぁ雨に打たれて尚、人を出迎えんと待った蝦蟇を見習えてってんだ。
そういや、暦を眺めて指を折って気付いたが、遷宮から早くも1年か。・・・思ったより彼方此方では疫病に悩まされてるせいか、客足も伸びなければ暇凌ぎに社から飛び出ても、閑古鳥が鳴くだけ。鳴き声一つ聞こえりゃそれでも良いんだが、下手すりゃ蜘蛛すら家主にならぬ蛻の殻。誰もが以津真天と嘆く嫌な御時勢だというのが分かってたが、こうも酷いんじゃあねえ・・・。
え?此方の機嫌は?・・・そうさなあ。それこそ遷宮の話をした時だったかに少しばかり出てきた賽銭箱に目が眩んだのが居る間は安泰かもしれんが、懸念はあるさ。それこそ、祭りも無ければ参拝に来る客が減ってるのは流石に厳しい所だ。それこそ、客の出入りがあるから、暇凌ぎにも困らなかったりするし、面倒だと言いつつも護符や御守を作る事も、神事を取り仕切る事は好ましい事なのだよ。
太平記の怪鳥のように討てるのなら、現世に蔓延る「いつまで、」と嘆く声を如何か祓って貰えぬだろうか。
そういえば、此処まで書いて気付いたのだが、鵺退治に因んでだったか弓の名手がその声の主を墜としたのだったかな。
・・・今年は破魔矢と破魔弓を少し多めに用意しよ。